キャスティングの実務は、役を埋める作業ではない
キャスティングの実務について相談を受けるとき、話はたいてい「どこで良い俳優を見つけるか」から始まる。だが私たちの現場で、キャスティングが失敗する原因は、良い俳優が見つからなかったことではほとんどない。失敗するのは、役が決まった瞬間に、その人の拘束日程、報酬の枠、作品の使われ方が、誰の手元にも整理されていないときだ。撮影の三日前に衣装合わせの日が取れないと分かる。完成後に配信の話が出て、出演者の同意が上映にしか及んでいないと分かる。良い芝居は撮れたのに、作品が動かなくなる。
私たちは2012年の創業以来、物語映画とドキュメンタリーの受託制作を企画開発から完成・納品まで手がけてきた。その中で学んだのは、キャスティングとは「誰がうまいか」を決める工程ではなく、「誰なら、この日程と予算と使用範囲の中で、この作品が成立するか」を決める工程だということである。以下、私たちが実際に踏んでいる順番で書く。
募集の前に、役の要件書を書く

候補者を探し始める前に、役ごとに一枚の要件書を作る。脚本から読み取れる人物像ではない。制作の都合を含めた、この役に求める条件の一覧だ。
一つは、動かせない条件と動かせる条件の線引き。年齢の見え方、身体的な条件、方言、歌や楽器や運転のような技能。脚本に書いてあるからといって全部が固定ではなく、相手役との釣り合いや演出の方針で動かせるものは多い。この線を先に引いておかないと、オーディションの場で「惜しいが条件が合わない」人を前に、その場の判断で線が動く。線が動くと、その後に見る候補者全員の基準が変わる。
二つ目は、拘束の見込み。撮影日数、衣装合わせ、リハーサル、録り直しの可能性、完成後の宣伝協力。この時点では確定値ではなく見込みでよいが、見込みを書かずに募集すると、候補者は撮影日だけを空けて応募してくる。
三つ目は、報酬の枠と使用範囲。上映だけなのか、配信や二次利用があるのか、期間はどこまでか。これは後述する拘束条件の核であり、募集文に書けるところまで書いておく。ここを曖昧にしたまま募集し、決定後に条件を出すと、交渉はこちらが不利な位置から始まる。
要件書は監督、プロデューサー、制作部で共有し、オーディションの採点の軸にもなる。キャスティングの実務の半分は、この一枚を書く段階で終わっている。
オーディションで見るのは、うまさではなく応答
オーディション設計で最初に決めるのは、何を見る場なのか、である。私たちは、台詞のうまさを見る場にはしない。応募してくる段階で、台詞を言えない人はまずいない。見るのは、演出に対する応答だ。
具体的には、同じ台詞を一度やってもらった後、方向を変えた指示を出す。感情を一段落とす、相手を見ないでやる、台詞を半分の速さで言う。ここで変化が起きる人と、同じ芝居を繰り返す人に分かれる。撮影現場では、その場で芝居を調整できるかどうかが、一日の進行を左右する。準備した芝居がどれほど良くても、現場で動かせない芝居は香盤を壊す。
次に、相手役との組み合わせを見る。一人芝居で選んだ二人が、並んだ瞬間に釣り合わないことはよくある。だから一次審査は録画による自己撮影で行い、人数を絞った二次審査では候補者同士を組ませて撮る。組み合わせは事前に決め、同じ場面を違う相手で複数回やってもらう。
もう一つ、私たちが必ず入れるのは、台詞のない時間だ。相手の台詞を聞いている間、何かを待っている間、カメラは回り続ける。映画で画面に映る時間の多くは、話していない時間である。ここに居られる人かどうかは、台詞の課題では分からない。
記録の仕方も設計の一部だ。全員を同じ画角、同じ照明、同じ距離で撮る。候補者ごとに条件が違えば、後で見返したときに比較ができない。審査の場に入る人数は絞り、監督の指示を出す人を一人に決める。複数の人が思いついた指示を重ねると、候補者は誰に応答すべきか分からなくなり、見たい応答が見えなくなる。
ドキュメンタリーの場合、キャスティングは「選ぶ」工程というより、「出てもらえるか」を確かめる対話になる。出演の意思、顔を出す範囲、名前を出すかどうか、話したくない話題。これを撮影の前に、録画のない場で確認する。取材対象が後で出演を取り下げることは、物語映画の降板より作品に深い傷を残す。だから確認は丁寧に、書面にする前に言葉で、二度行う。
拘束条件は、決定の通知より前に書く
役が決まったら、決定の連絡と同時に、拘束条件の一覧を書面で出す。この順番が重要だ。決定を伝えてから条件を詰めると、相手はすでに予定を動かし始めており、合わない条件が出たときにどちらも引けなくなる。
私たちの書面に入る項目は次のとおりである。
- 拘束日。 撮影日だけでなく、衣装合わせ、リハーサル、本読み、アフレコや録り直しの候補日、完成後の宣伝協力の有無。日付が決まっていない項目は、「何月中に一日」のように枠で書く。
- 予備日と待機。 天候や進行の都合で撮影日が動いたときの予備日、当日に出番が来ないまま待つ時間の扱い。予備日を書かずに撮影日を伝えると、押したときに代わりの日が取れない。
- 延長の条件。 一日の拘束時間の目安と、それを超えたときの扱い。
- 移動と宿泊。 誰が手配し、誰が負担するか。関西圏であれば日帰りが多いが、早朝や深夜の始まりがある日は別に書く。
- 報酬の形。 日額なのか役単位なのか、支払いの時期、拘束日が増えたときの扱い。
- 使用範囲。 上映、配信、放送、宣伝物、作品の抜粋の利用、期間と地域。完成時点で想定していない出口も、可能性があるなら書いておく。
- 肖像と氏名の扱い。 クレジットの表記、宣伝での顔と名前の使い方。
- 変更と中止の条件。 日程が動いたとき、作品自体が止まったときの扱い。
- 窓口。 事務所を通すのか本人と直接か、連絡と書類の宛先。
子役や未成年の出演者には、法令上の制約と保護者の同意が加わる。この部分は見込みで書かず、確認してから書く。
書面は、ここで挙げた項目の多くが「後で起きること」に関する約束だからこそ必要になる。撮影が順調に終わったときには誰も読まない。読まれるのは、日程が動いたとき、使い方が広がったとき、つまり関係に力がかかったときだ。そのときに「言った」「聞いていない」ではなく、同じ紙を開いて済ませる。それが拘束条件を整理する目的である。
香盤より先に、拘束を固める

拘束条件が全員と合意できたら、その日程を香盤の固定点として渡す。順番を逆にしてはいけない。香盤を先に組んでから出演者の予定を聞くと、香盤の都合で出演者を選ぶか、出演者の都合で香盤を崩すかの二択になる。私たちはキャスティングの段階で各出演者の動かせない日を先に集め、その上に香盤を組む。
最後に、第二候補を手放さないことだ。決定を伝えた後も、次の候補者には、決まらなかった旨と合わせて、今後の作品で声をかける可能性を丁寧に伝えておく。撮影前の降板は起きるものとして備える。代わりの人を一から探す時間は、プリプロダクションの終盤にはもう残っていない。
キャスティングの実務とは、結局のところ、作品に映る人を選ぶことと、その人が最後まで作品の中に居続けられる条件を作ることの、二つを同時に行う工程である。前者だけを見ていると、後者で作品が止まる。
役の要件書を書く段階から、ご一緒します
大笑シネマプロは、物語映画とドキュメンタリーの受託制作を、企画開発・脚本・ロケハン・キャスティング・香盤からポストプロダクション(編集・カラーグレーディング・整音)まで一気通貫で手がけています。脚本はあるが誰を立てるか決まっていない段階、候補者はいるが条件の出し方に迷っている段階でも、ご相談ください。私たちのキャスティングは、人を選ぶ前に、その人が作品の中に最後まで居られる条件を設計する工程です。
大笑シネマプロ / Daisho Cinema Pro
Web:osaka.daishoproductions.com
