「作りたいもの」は、最初は形をしていない
映画の企画開発の席で、依頼主の「作りたいもの」が最初から言葉になっていたことは、ほとんどない。あるのはたいてい、映像の断片、誰かの記憶、この題材を残したいという切迫、あるいは「なぜか分からないが、これは映画であるべきだ」という直感だ。それでいい。むしろ、最初から要件定義のように整った「作りたいもの」は、たいてい他の何かの真似である。
私たちは2012年の創業以来、物語映画とドキュメンタリーの受託制作を、企画開発から完成・納品まで手がけてきた。その経験から言えるのは、企画開発とは「作りたいもの」を磨く工程ではない、ということだ。それは「作りたいもの」と「伝わるもの」という二つの点の位置を確かめ、その距離を測り、詰めていく工程である。
「伝わるもの」は、観客の側にしかない
作り手の内側にどれほど強い衝動があっても、観客が受け取るのはスクリーンに映ったものだけだ。企画開発で最初に確かめるのは、だから「誰が、どんな状態でこれを観るのか」である。劇場か、配信か、上映会か。題材を知っている観客か、初めて出会う観客か。九十分を預けてくれる相手か、途中で立ち去れる相手か。
ドキュメンタリーであれば、ここに取材対象という第三の点が加わる。作り手が撮りたいもの、観客に伝わるもの、そして対象が生きている現実。三点は一致しない。一致しないことを前提に、どこへカメラを置くかを決めるのが取材設計であり、それは撮影が始まるずっと前、企画開発の机上で始まっている。
距離を測る道具 — 一枚の紙に落ちるまで書き直す

距離は、感覚では測れない。私たちが使うのは古典的な道具だ。
まずログライン。この映画を一文で言うと何か。一文にできない企画は、二時間にしても伝わらない。依頼主と何度も書き直す。この往復の中で、「作りたいもの」の核が初めて言葉の形を取る。
次にトリートメント。構成を数枚の散文にする。脚本より手前のこの段階で、観客の体験を時間軸で疑似的に走らせてみる。どこで観客は身を乗り出し、どこで置き去りになるか。置き去りの箇所は、たいてい「作り手にとってだけ大事な場面」だ。切るか、伝わる形に組み直すか。この判断の積み重ねが、距離を一段ずつ詰めていく。
そしてリファレンス。既存作品の断片を並べるのは、真似るためではない。「この質感ではない」「この距離感だ」と、まだ存在しない映画の輪郭を、依頼主と同じ目で確かめるためである。言葉で合意したつもりの企画が、画の好みで割れることは珍しくない。割れるなら、撮影前に割れておくべきだ。
ロケハンとキャスティングは、企画の検証工程である

企画開発は机の上で完結しない。ロケハンは「撮れる場所を探す作業」であると同時に、企画の検証だ。想定した場所に立ってみると、紙の上で成立していた場面が成立しないことがある。逆に、その場所が脚本を書き換えてくれることもある。キャスティングも同じで、その顔がフレームに入った瞬間、トリートメントの一行が別の意味を持ち始める。
だから私たちは、企画開発・脚本・ロケハン・キャスティング・香盤を切り離さず、一気通貫で設計する。距離を詰める作業は、工程をまたぐたびにやり直しになるのではなく、工程をまたぐたびに精度が上がっていくべきだからだ。
距離は、ゼロにしない
最後に、実務の中でいちばん大事にしていることを書く。「作りたいもの」と「伝わるもの」の距離は、ゼロにしてはいけない。
距離を完全に潰した企画は、観客の予想を一度も裏切らない、既視感だけの映像になる。かといって距離を放置すれば、作り手だけが満足する独り言になる。作品性とは、この二点の間に張られた緊張のことだと私たちは考えている。企画開発の実務とは、距離を消す作業ではなく、観客が飛び越えられるぎりぎりの幅に距離を整える作業である。
企画の段階から、ご一緒します
大笑シネマプロは、物語映画とドキュメンタリーの受託制作を、企画開発からポストプロダクション(編集・カラーグレーディング・整音)まで一気通貫で手がけています。「まだ企画書にもなっていない」段階からのご相談こそ、いちばん力になれる領域です。作りたいものの断片を、そのままお持ちください。
大笑シネマプロ / Daisho Cinema Pro
Web:osaka.daishoproductions.com
