ブランドドキュメンタリーという言葉を、私たちは少し慎重に使います。販促のための短い動画と、一本の作品として残るドキュメンタリーは、見た目が似ていても根が違うからです。大笑シネマプロが撮るブランドドキュメンタリーは、商品を説明する映像ではありません。そのブランドがなぜ存在し、誰が、どんな手つきでそれを支えているのか。物語として描く以上、私たちはそれを「広告」ではなく「作品」と呼びます。

広告を作品として撮るということ

多くの企業映像は、伝えたいことを先に決め、それを過不足なく言い切ることを目指します。ブランドドキュメンタリーはその順序を逆にします。まず人と場所と時間をよく見て、そこに流れているものを掴む。結論はあとから立ち上がってくる。脚本・演出・撮影・編集・音までを作り手がひとつのコントロールのもとに置くのは、この「立ち上がってくるもの」を取りこぼさないためです。森や木々のミゾンセン――画面の中に置かれたすべての要素――が、言葉にならない価値を語ることがあります。

Kikuichi三部作で学んだこと

2022年に撮った『Kikuichi Story』三部作は、奈良の刃物ブランド・菊一文珠四郎包永を描いた広告ドキュメンタリーでした。依頼は広告です。けれど私たちが向き合ったのは、鋼を打ち、研ぎ、刃を立てる職人の時間そのものでした。一本の刃物が生まれるまでに費やされる無数の手数を、説明ではなく、物語の呼吸で映す。商品カットを並べれば一分で済むものを、あえて作品として三部に分けて撮ったのは、そのブランドの値打ちが「速さ」では伝わらないと考えたからです。

シネマトグラフィの現場から

撮影・照明として、私たちは海外の制作会社を通じてASICSやYanmar、TSMC(JASM)といったブランドの現場にも立ってきました。求められるのは派手な絵ではなく、その製品が背負う思想を一カットの光と構図に宿らせることです。スポーツシューズの一足、エンジンの一基。被写体への敬意がなければ、観る人にブランドの誠実さは伝わりません。こうした現場で培った眼差しが、私たちのブランドドキュメンタリーの土台になっています。

物語の手法でブランドを描く

物語映画でもドキュメンタリーでも、私たちが信じているのは、人は説得では動かず、見届けることで心を動かされるということです。だからブランドドキュメンタリーでは、作り手の主張をできるだけ後ろに退かせ、被写体の手つきや沈黙に語らせます。一本の作品として残れば、その映像は数字を追う広告よりも長く生き、ブランドの記憶そのものになる。広告を作品にするとは、そういう時間の使い方への選択なのだと思っています。

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